あの頃はいい時代だった。
東京の夜にひとたび繰り出せば、どの酒場でも、こんな台詞が聞こえない日はない。
あまりに昔を慈しみすぎて、自分はおじさんになってしまったなあとある人は言う。正直青春時代の楽しかった頃に心から戻りたいと思っているけれど、口に出してしまえばおじさんと思われてしまうから、ある人は意地でもその文句を口には出さない。ある人は開き直って経済学者かのごとく、いかに80年代が素晴らしい時代で、いかに現代がミゼラブルな時代であるかを理路整然と説いてみせる。
ふと思う。昔を美化して懐かしむのは、人間という生き物の性なのだろうか。
それとも、本当に昔が素晴らしくて、今が壊滅的なのだろうか。
そしてまた、ふと思う。アフターコロナ、世界が混沌としているこの2020年代という時代を、いつか「本当にいい時代だった」と懐かしむときは、果たして来るのだろうか。
そんな時が来るとしたら、それはどうしようもなく悲しいことのように思える。
映画「ナミビアの砂漠」を観た。
当映画、監督の山中瑤子さんがいまだ20代の若い感性で独特の世界観を作り、カンヌで今年評価されていたと知って気になっていた。そして何より、主演の河合優美さんのなんともいえない魂の抜けたような表情がどでかく写ったポスターをみて、どこか頭から離れなくなっていた。
新宿シネマカリテのレイトショー。新宿駅前の繁華街、狭い階段を地下に下っていくと、繁華街の雑念にまみれカラフルに濁った空気から、ミニシアター独特のしんとした独立的な空気に一変する。大学生だろうか、若い女性の二人組、長髪に丸い眼鏡をかけ、いかにも音楽と映画に傾倒していそうな青年、ビール片手に仕事帰りのスーツを着た男性など、結構なにぎわいを見せていた。
(以下、ややネタバレあります)
東京都内の脱毛サロンで働く21歳カナ。毎日ひたすらマニュアル通り、永遠に脱毛完了することのないエステのレーザーをあて続ける。やりがいなんてもちろんない。だって夢がない。気晴らしの趣味もない。そもそも、人生にやる気もない。かといって死にたいと思うわけでもない。どうにかしたいとは思っている。自分はうつ病じゃないかと思って精神科にかかるが、ついてほしい病名はつかない。右手にはいつもスマホ、左手にはいつもアイコス。たまに直タバコ。たまに酒。彼氏もいるけど(なんなら二人)なんだかパッとしない。全てがパッとしなくて、もがいて、でももがき続ける気力はなくて、最終的に感情が爆発して終わる。どうしようもなく、ただソファーの上で遠いナミブ砂漠のラクダの給水シーンを虚ろな目で観続けているうちになんとなく時間は過ぎていく。
これは、まさに2020年代という時代を、一人の女性に投影した映画なのではないかと思った。
主人公は今をきらめくZ世代であるが、これはZ世代のイメージフィルムではない。現代を生きる我々が、程度の差こそあれ、皆それぞれ心の中に「カナ」を飼っているのではないか。
虚ろな目、弛緩した顔面の筋肉たち、鼻ピアス、Airpods。まさに今の気風を表した、なんともいえないショット。
出典:https://happinet-phantom.com/namibia-movie/
今のこの混沌とした時代。乱世。先行きの見えない時代に、メディアやネット上ではあらゆる情報が錯乱し、正直何を信じていいかわからない。結局信じられるのは自分自身だけと思い、孤独という殻にこもろうとすると、とたんに人の温もりが恋しくなるのは人間の性である。考えて、考えて、考えた先に答えはなく、わからない、と言うことにも慣れてくる。考えてもわからないなら、もはや何も考えない方が幸せなのではないかと思うこともある。どれだけ行き詰まろうとも、明日は同じようにやってくる。せめて目の前の小さな幸せを抱きしめて、人と人が手と手を取り合って、自然と溢れた笑顔の先にはかすかな希望が見え隠れしなくもない。
そんな、今の時代の気風を、この映画からは主人公カナを通して強く感じた気がした。
ちなみにとても気になったのは、カナの食生活。朝はコーヒーのみ、日中はお腹が空いたら、冷蔵庫の中に適当に残っていたハムをかじる。冷凍庫をのぞくと、パートナーが用意したきれいに丸められたハンバーグがきちっと袋に入って冷凍されているが、焼くのが面倒なので、その横にあるアイスをとりあえず頬張る。正直食には興味なくて、もちろん自炊もしないけれど、お腹はちゃんど空くし、ひとたびお腹が空いてくると我慢できない。とりあえず空腹をタバコでごまかす。
この食生活、血糖値の不安定さは甚だしいし、あと10年したら副腎疲労まっしぐら。今もそうだろうけれど、10年後はもっと朝起きれなくなるだろう。腸は良性菌なんて全然いないだろうし、下手したら悪性菌も増殖してくるかも。生理不順、PMSは免れない。彼氏と勢いで子どもを作りそうなキャラではあるが、意外と不妊に悩まされるかも。女優さんはお肌ツルツルだったけれど、本来こんな食生活をしていたらお肌はきっとボロボロ。ドーパミンは枯渇するから多動になるし、セロトニンは作られないから何にも幸せを感じなくなる。毎日はさらにパッとしないものになっていき、基本抑うつ状態、たまに感情爆発、を繰り返す。
カナの行く末を案じたとともに、これってまさに現代人だなと思う。本当にこういう人は結構多い。そして結局この現代病の根本を探ると、大きな原因のひとつにはこのストレス過多の社会だと思う。つい最近creepy nutsのアップテンポな曲がとてもヒットしていたが、ああいう曲がヒットするのもこのストレス社会をまさに反映しているようで興味深い(この話はまたどこかで)。
今回の映画で、この現代病と、現代という時代について改めて考えさせられた。いつか今の時代を振り返った時、あの頃は皆よく耐えたね、よく頑張ったね、と昔の自分たちを労うような振り返りをしていることを祈っている。